活躍する若手教員1 量子暗号通信を実現する


堀切智之准教授

Q1:堀切先生は量子暗号通信を専門としていらっしゃいますが、まず量子暗号やそこで必要な量子メモリについて教えてください。

 量子力学の原理を利用した量子暗号として様々な提案がされていますが、最も有名ないわゆる量子鍵配送は通信の送受信者間で暗号鍵となるランダムビット列を効率的に共有する方法です。 この安全性は「情報論的安全性」を有し、どれほど高性能な計算機が開発されても安全性が保証される方法といえるものです。 従来インターネットの暗号通信で頻繁に使用されているRSA暗号などは、計算によって暗号鍵を解くのが難しいことに相当する「計算量的安全性」と呼ばれるものですが、量子鍵配送はそれらとは異なる究極的なセキュリティをもたらすものとして期待されています。
 量子暗号を含む量子通信は、光の量子つまり光子を送ることが必要です。 しかし光の最小単位である光子を遠方まで届けるのは困難です。そこでグローバル化を目指した長距離量子通信に必要になるのが量子中継器と呼ばれるシステムです。 中継器内には量子メモリというデバイスが設置されます。量子メモリは、光子の量子状態をメモリ物質の(電子や原子核スピンの)量子状態に移して、長時間保存し再生する能力をもつ装置です。

Q2:量子メモリはどのように作るのですか?

 量子メモリとしては非常にたくさんの物質が研究されています。 候補毎に様々な特徴があり、長所・短所ともにあります。 私の研究室で扱っているのは、Pr:YSOという希土類添加物です。 物質内にドープ(添加)された希土類イオン集団で1つの光子を受け入れるシステムです。
 希土類添加物は通信の多重化に対応できる量子メモリとして期待されています。  Pr:YSOの場合なら、光波長606nm近辺に幅10GHz程度の吸収スペクトルの広がり(不均一幅)があるのですが、その吸収スペクトルを強いレーザー光で制御してあげると、その中に量子メモリとして働く領域を作成することができます。  その領域を不均一幅内に多数作ることで、波長多重化が可能ですし、時分割多重にも使えることがわかっています。

Q3:量子情報技術はどのように活用され、また我々の生活にどのように影響を与えるのでしょうか?

 例えば上で述べた量子暗号によるセキュリティが、私達の生活にどこまで浸透するかまだわかりません。 たとえ長距離化がなされて、世界中の様々な場所の間で量子暗号通信が可能になっても、すでに現在インターネットなどで使われている暗号技術は十分に安全だから、一般的に量子が使われるようになるかと言うと疑問があるからです。量子コンピュータも同様で、ある種の計算で従来のコンピュータを凌駕する性能を出し始めている一方、今我々が使用しているコンピュータのような汎用性を備えるかに関しては懐疑的な見方も多いです。 しかし、私達の開発していく量子技術が今想像もできないような応用へと発展し、世の中の生活を変えたりすることは十分あり得ると思います。 量子通信で量子コンピュータなどの量子デバイスをつなげていく「量子インターネット」を構築していくことが、今多くの量子研究者の大目標となっています。 今のインターネットが30年前に予見できなかったように、量子インターネットにも大きな可能性を感じているからです。 上で否定的な見方も提示しましたが、現在の研究者には想像もできない人類にとって非常に重要となる技術や使いみちが見つかるだろうと私は楽観的に考えています。

Q4:堀切先生は学生と一緒に学内ベンチャーなども進めていらっしゃいますが、学生が研究など大学生活を充実させる上でのアドバイスを教えてください。

 研究室の指導教員として学生と関わることが多いので、その観点で話をします。 学生には、人生の一時期研究(だけではなく何か他のものでも良いですが)に没頭してみてほしいです。 そこで自分が獲得する能力や自信はきっと世界との関わり方を変えてくれます。
 卒業研究で配属され修士課程含めて3年間研究をしてみて、研究が面白いと感じ、また成果を出すという意味でも適性がある学生は沢山います。 私の研究室では、いつ研究室に来てとかほぼ言わない(おそらくよくある物理の研究室)ですが、ほとんどの学生さんはそのような環境でも、自発的に研究室で研究を進めていきます。 そして時々驚くくらいすごい成果を出します。 そのような研究が好きで適性もある学生さんですら、博士課程に進みその後研究者としてキャリアを進める想像をしにくいのが今の日本だと思いますが、その状況を何とかしたいと思って博士課程の学生と一緒にベンチャーをはじめました。 研究を続けたいと願う学生が学位取得後も残って、分野を作り盛り上げていけるような環境を作るためです。

Q5:先生の教育方針や学生に対する期待を教えてください。

 上でも述べたように、私の研究室はあまり学生に多くを要求しない環境ではあると思います。 私自身が窮屈な環境が嫌いなことが理由の一つではありますが、そのような環境でも進んで研究をすすめられる人こそが、研究者として適性を持っているという思いもあるからです。
 これまで関わった横国の学生たちは驚く位研究面で優秀で、研究者として生きていける能力を持った人が多いです。 もちろん研究者は一つの選択肢でしかなく、他のキャリアを進みたいという人も多いでしょう。 ただ、研究を続ける希望があるのなら、続けられるようにとの思いで上のような環境準備をしています。 学生として研究室にいる期間は短く、あっというまにキャリアを選ぶ時期が来ますので、それまでによくよく自分にとっての優先順位や我慢のならないことを明示的に探って進んでいくといいと思います。

【注】所属、肩書き等はインタビュー当時のものです。(一部の写真撮影:田邊悠斗)