活躍する若手教員4 ニュートリノの謎に迫る


南野彰宏准教授

Q1:南野先生はニュートリノ物理を専門としていらっしゃいますが、まずニュートリノはどんな素粒子で、なぜその研究が重要でしょうか?

 ニュートリノは他の物質とほとんど反応しない素粒子なので地球でも簡単にすり抜けてしまいます。 そのため、私達が日常生活でニュートリノの存在を実感することはまずありません。 しかし、宇宙はニュートリノで満ち溢れています。実際、ニュートリノは宇宙に存在する素粒子の中で光子に次いで2番目に数が多いです。 このため、宇宙を理解するためには、ニュートリノの性質を理解することが非常に重要となります。
 ニュートリノは、電子ニュートリノ、ミューオンニュートリノ、タウニュートリノとそれぞれの反粒子(反電子ニュートリノ、反ミューオンニュートリノ、反タウニュートリノ)の6種類が存在します。 1998年にスーパーカミオカンデ実験グループは、ニュートリノが飛行中に別の種類のニュートリノに変化するニュートリノ振動を発見しました。 この発見により、ニュートリノは非常に小さいが0ではない質量を持つことがわかりました。 このニュートリノの質量は、ニュートリノ以外で最も軽い電子の質量の100万分の1以下であることが分かっていますが、まだ測定されていません。 ニュートリノだけがなぜこんなに軽いのかという理由はよく分かっておらず、素粒子物理学における大きな謎です。 ニュートリノはこの他にもまだまだ謎の多い素粒子で、ニュートリノの研究が新しい物理学の扉を開く鍵になる可能性があります。

Q2:実際にニュートリノはどのように観測するのでしょうか?

 物理の実験で用いる測定器は電磁気力によってしか信号を検出することができませんが、ニュートリノは電荷を持たない素粒子なので測定器で直接検出できません。 そこで、ニュートリノを観測するときは、ニュートリノとその標的となる物質が反応した結果生成される電荷を持った粒子を間接的に測定します。 具体例として、スーパーカミオカンデ実験で太陽ニュートリノを観測する方法を紹介します。 スーパーカミオカンデは、約5万トンの水をニュートリノ標的として利用します。 太陽は、核融合で熱エネルギーを生成するときに、電子ニュートリノを同時に生成します。 地球にはこの太陽ニュートリノが1秒間に1 cm2あたりに6.6×1010個降り注いでいます。この太陽で生成された電子ニュートリノがスーパーカミオカンデの水中の電子と反応すると、電子がニュートリノの到来方向に蹴飛ばされます。 この蹴飛ばされた電子が、水中の光速を超えるとチェレンコフ光という青白い光が発生します。スーパーカミオカンデでは、このチェレンコフ光を約10000本の光検出器で観測することで、太陽ニュートリノのエネルギーや到来方向を観測しています。 
 ニュートリノは他の物質とほとんど反応しない素粒子なので、その観測には巨大な検出器が必要となります。 現在、スーパーカミオカンデの後継実験として、26万トンの水をニュートリノ標的として利用するハイパーカミオカンデの建設を進めています。 ハイパーカミオカンデは2027年に測定を開始する予定です。

Q3:ニュートリノの研究で素粒子物理、あるいは宇宙物理に与える影響を教えてください。

 粒子には反粒子という質量などの性質が同じだが、電荷が逆というパートナーが存在します。 粒子と反粒子が出会うと、電荷が打ち消し合って消滅し光になります。逆に光から粒子と反粒子の対を作り出すことができます。 宇宙のはじまりであるビックバンでは、巨大なエネルギーである光の塊から粒子と反粒子が厳密に同じ数だけ作られました。 ビックバンから137億年後の現在、宇宙には粒子と反粒子の対消滅で生成された大量の光とわずかな量の粒子のみが残っており、反粒子は消えてしまいました。 これは、「物質優勢宇宙の謎」と呼ばれる、素粒子物理および宇宙物理の根源的な謎です。 ニュートリノに粒子と反粒子の性質の違いがあれば、この謎を説明できるかもしれないことが分かっています。 茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCで人工ニュートリノビームを作り、295km離れた岐阜県神岡町にスーパーカミオカンデで観測するT2K実験では、ニュートリノビームと反ニュートリノビームでのニュートリノ振動確率を比較することで、ニュートリノに粒子と反粒子の性質の違いがあるかを検証しています。 T2K実験は、2020年にニュートリノと反ニュートリノで振動確率が違うことを世界で初めて95%の信頼度で確認しました。 しかし、物質優勢宇宙の謎を検証するにはまだ信頼度が十分でないため、T2K実験はビーム強度を向上させながら測定を続けます。

Q4:南野先生は物理工学の前身である知能物理の一期生でいらっしゃいますが、物理で学んだことが
社会でどのように役に立つと思いますか?

 よく物理学科の学生は「潰しがきく」といいます。私はその理由を、物理学科では物理の基礎をしっかり学べるからだと考えています。 なぜなら、基礎が理解できると、それを土台にしてどのような応用的なことでも学べるので、新しいことに躊躇なくチャレンジできるからです。 今後の社会は、日進月歩で新しいテクノロジーが開発され、目まぐるしいスピートで変化することが予想されます。 私は、そのような時代に必要とされるのは、ある特定の領域の専門知識や技術をもった人材よりも、新しいテクノロジーを貪欲に利用できる人材だと考えています。 私は、物理で学んだ経験はそのような時代で活躍するためにとても役に立つと考えています。

Q5:先生の教育方針や学生に対する期待を教えてください。

 物理学者の特徴の一つに、身分や年齢に関わらず自由に議論できることがあります。 私は、この特徴を物理学者の大きな強みの一つだと考えています。 そのため、私は、自分の意見をはっきりと言う学生を評価するようにしています。 また、学生の研究指導については、手取り足取り指示を出すことはしないで、なるべく学生の自主性にまかせるようにしています。 私が研究を通して学生に身に受けてもらいたいことは、失敗してもいいので、未知の課題に自分の力でチャレンジしたという経験です。 最後に、学生には、学科、大学、実験グループ、学会、コミュニティー、日本といった小さな枠に収まらず、世界で活躍することを期待します。

【注】所属、肩書き等はインタビュー当時のものです。